深夜徘徊のための音楽 beats to relax/stray to 感想

最近は就活やら研究やらでてんやわんやしているためブログ更新ができていなかった。

というより作品に触れる時間がなかった。

 

そんな中、今回は「深夜徘徊のための音楽 beats to relax/stray to」というノベルゲーをやってみた。総プレイ時間は1時間くらい。(自分は読むのがゆっくりなので、もしかしたら30分くらいで終わるかも)

少し疲れた日の寝る前とかにちまちまプレイしていた。

 

 

もともとはブログにするつもりはなかったが、プレイし終えてみると、忘れるには惜しいものだったので、簡単に記録しておこうと思う。

 

あらすじ

新(兄)と括弧(妹)が深夜の町を話しながら徘徊する話。特に何かイベントがあるわけではなく、ただ話しながらぶらぶらする。

 

感想

これだけ読むと「何が面白いんだ」と思うかもしれない。しかし、この作品はそれ自体がbeats to relaxであってinterestingやsurprisingではない。この作品は、肩の力を抜いてくれるような、そしてほのかに「自分もこんなことやってみたいな」と思わせてくれるようなものだ。その観点からすると、ボリュームも少し短めの30-60分というのもこちらが疲れない程度のちょうどよい塩梅だった。(自分はさらにそれを分割したが。)

 

自分がこの作品をやっていて「すごい」と思ったのは主に2点ある。

1点目は、先にも書いたように、こちらをそれとなくリラックスさせてくること。この「それとなく」というのが重要。

世の中に「リラックスさせる目的の作品」は多く存在するが、それらはたいていの場合リラックスさせようとする意志が透けて見えることが多い。もちろんそれは悪いことではないし、こちらもそれを望んでいるのだからいいと思う。

しかしこの作品では、読み進めているうちにふと肩の力が抜けていることに気づく点だ。これは、作者のplastic tekkamakiさんの作品全体に言えることだが、構成の大半を雑談で構成されているためだと思う。どの話題もそれ自体が作中で大きな役割を持つことはないため、こちらも身構えずに読むことができる。

明確な見どころで魅せるのではなく、全体の雰囲気で魅せるというのは、自分には中々新鮮だった。

これについては、以前プレイした「最近の日常的不可思議」でも話しているので気になる方はぜひ。

もし自分が高校生の時にplastic tekkamakiさんの作品をプレイしても「何が楽しいんだ?」となっていたと思う。年を重ねるごとに面白いと思えるものが増えていくのはやっぱり楽しい。

 

2点目は、ラストの描写だ。ネタバレになってしまうが、最後、結婚することを告げた括弧は新の家を去っていく。そのあと1日かそこらの新を描写してこの作品は終わるわけだが、この描写がとてもよかった。

括弧が出て玄関の扉が閉まったとたん、BGMが消え、会話相手のいない新も自然と黙る。そのまま、無言が続いて場面だけが食事、仕事、就寝、、、という風に転換していく。今までずっとBGMが流れていただけに、突然の沈黙は印象深く、自分でいうところの「家に遊びに来ていた友達が返っていった直後」のような寂寞感だった。

 

ちなみに、寂寥と寂寞はどちらも「ものさびしい」という意味だが、寂寥は大きな空虚感なのに対して、寂寞は寂しさの程度は小さく、ふっとしたときに感じるものらしい。

こんなニッチな感情も区別できる日本語って偉大だわ。ということで、このシーンからは誰もが感じたことがあるであろう寂寞感を感じることができます。

 

これは勝手な憶測だが、おそらく作者はこの作品で

  • 深夜にたわいもない話をしながらぶらぶらすることの静かな高揚感
  • 日常で感じる寂寞感

あたりを描きたかったんじゃなかろうか。自分は、そこがとても良いと思った。

まだplastic tekkamakiさんの作品には「非実在都市伝説の作法 Imaginary Fakelore」があるので、隙間時間をみつけてプレイしていこうと思う。この人の作品は寝る前とかにちょこちょこできるのがいいところ。